今週のミニストリーズ (2008.8.8更新)
●エッケ・ホモ
●母が子に語るようなことばをもって
●グナーデン・アンサンブル
7月30日〜8月3日、宗教改革の発祥の地である、ルターの町・ヴィッテンベルクで開催された『第25回ヨーロッパ・キリスト者の集い』に参加しました。今年の大会には、326名もの人々が集まりました。そして、「信仰のみ、聖書のみ、恵みのみ」のテーマのもと、講師の先生方が、信仰の原点に立った深いメッセージを語ってくださいました。私は、今回、中高科のプログラムにおいて賛美と証し、そして、ルターが95ヶ条の提題を打ち付けた城教会にて、『グナーデン・アンサンブル』の一員として賛美をさせていただきました。今日は、その奉仕を通していただいた恵みをお分かちさせていただきます。
●エッケ・ホモ(この人を見よ)
上の絵は、ヴィッテンベルクの市教会(マリーエン教会)の、ルカス・クラナッハによる祭壇画です。ルターは十字架に架けられたキリストを示し、会衆も、ルターではなく、十字架のキリストを見上げています。ヴィッテンベルクに到着した初日にこの絵を見たとき、自分の賛美奉仕も、このルターのように十字架のキリストを指し示すものであり、聞く皆さんの目が、私ではなく、このキリストのみに目が注がれるための奉仕でなければならないことを深く思わされました。賛美奉仕を始める前に、このように、主が一枚の絵を通して、大切な霊的備えをさせてくださいました。
●母が子に語るようなことばをもって
数か月前、今回の大会で中高生に賛美と証しをして欲しいという依頼をいただいたとき、心の柔軟な若い人々に是非賛美と証しをもって福音を伝えさせて欲しいと思い、喜んでお引受けしました。けれども、時が近づくにつれ、大きな世代の違いに、緊張感を感じるようになりました。何人かの方に「どうか祈ってください」とお願いしましたら、異口同音に、「いつもの工藤さんのままで、気負わずに」という励ましをいただきました。
聖書翻訳に際してルターはこう語りました。「聖書翻訳に大切なのは美しいことばではない。最も大切なのは、神が何を語っておられるかである。」「聖書は母が子に語るようなものでなければならない。」ルターは、そのように、神が語っておられることを、万人に分かるようなことばをもって聖書のドイツ語翻訳をしました。私もルターに倣って、いつもの証しを、中高生のみなさんと同じところに立って、特に中学生の皆さんに分かってもらえるような言葉を選んでお話しさせていただこうと思いました。
そして8月1日、クラナッハの「エッケ・ホモ」(私が勝手に付けさせていただいた名前)の祭壇画のコピーが飾られた部屋で、中高生のために賛美と証しをさせていただきました。語ることばは、主が導いてくださいました。
終わってから、思わされたことがありました。それは、いつもの伝道コンサートでも、ほんとうはこのように、易しいことばで語るべきなのではないかということでした。というのは、一般の伝道コンサートにも、小中高生も来ているからです。彼らの心は柔軟です。そして若い時にキリストを知ることができるのは大きな恵みです。その大切さを思わされ、祈りとともに、これからの賛美伝道のあり方に、大切な示唆をいただいたひと時となりました。
●グナーデン・アンサンブル
(恵みによって救われた者たちのアンサンブル)
8月2日には、ルターが95カ条の提題を打ち付けた城教会にて、田辺正隆先生のメッセージの前に、参加者12名で結成された『グナーデン・アンサンブル』の皆さんとともに、宗教改革時代の賛美(ドイツ・コラール)を捧げさせていただきました。
宗教改革時代の多くの作曲家たちは、バッハもそうですが、楽譜の冒頭に、「Jesu Juva」(イエスよ、われを助けたまえ)と書き、終わりに、「Soli Deo Gloria」(神にのみ栄光を)と書き添えました。それは、私たちの神との歩みがまさしくその通りであるからです。私たちは、「私を救ってください」、とイエスのもとへ走り寄ったとき、イエス様は私たちを罪から救ってくださいました。そしてその後も、無力な私たちが主イエスを呼び求めるたびに、主は私たちを助けてくださいます。その神の愛とあわれみ、いつくしみを体験しながら、私たちは、溢れんばかりの感謝をもって神を賛美する者に変えられてゆきます。そして、神にすべての栄光を帰し、神の栄光だけが現わされることを願いながら神に仕える者へと変えられてゆきます。
今回は、そのように、冒頭をバッハの2重唱「私たちは急ぐ、弱くとも弛みない足取りで」という、主のもとに助けを求めて走って行くことを歌ったJesu Juvaの曲で始めさせていただき、最後を、Soli Deo Gloriaの曲とも言える、「主よ人の望みの喜びよ」の賛美と信仰告白をもってしめくくらせていただくプログラムを組みました。間には、ルターの片腕として働いた賛美創作者、ヨハン・ワルターの「主のみことばのみが信仰を築く基なり」、シュッツのヨハネ3章16節によるモテット「神は世を愛し」、パウル・ゲルハルトの「あなたの道を主に委ねよ」、ツィンツェンドルフ伯の「キリストの血潮と義」、そして、「神はわがやぐら」をルターのオリジナルの楽譜で賛美させていただきました。
ところで、マルティン・ルターの有名な「神はわがやぐら」ですが、この歌を宗教改革の凱旋歌のように思われている方も多いのではないでしょうか。けれどもこの曲は、ルターが改革を推進してから10年後、ヴィッテンベルクをペストが襲い(ルターの長女もペストで死亡)、ルターに追従した牧師たち(多くは彼の教え子)が迫害されて悲惨な死を遂げ、何もかも剥奪され、自分の信仰さえも奪われてゆくような状態に陥った時に書かれたものです。ですから、この歌は、激しい迫害と精神衰弱の中で、神と天の御国を見上げたルターの信仰告白なのです。
最後に賛美した「主よ人の望みの喜びよ」のクライマックスは、eigen gebet(ご自身をお捧げになりました)なのですが、一番高い音であるeigen(ご自身)の音が半音低くされています。これは神であられる方が、神の栄光を脱ぎ捨てて身を低くし、人となり、罪人となって十字架にかかってくださったことを表しています。ですから、最後に、私たちを愛してご自身をお捧げくださった十字架のイエス様を見上げ(エッケ・ホモ!)、「だからこの方から離れません、たとえ心張り裂けるようなことがあったとしても」、という信仰告白をもって、『グナーデン・アンサンブル』〜恵みによって救われた者たちによるアンサンブル〜の賛美の締めくくりとさせていただきました。
今回の賛美奉仕では、12名のメンバーの心がびったりとひとつとなって賛美を捧げることができたことが最も大きな喜びでした。ひとりで賛美を捧げるときには体験できない喜びを味わわせていただきました。ときどき胸が一杯になって歌えなくなりそうになった瞬間があった、というメンバーもいました。賛美する者も聞く者も、ともに十字架のキリストを仰ぎ、神の栄光に触れさせていただいた、感動的なひとときであったと思います。
これから、さっそく秋のコンサートの準備に入りますが、何よりも霊的な準備をさせていただくことを心から願っています。その中で、滞りなく、秋・冬のコンサートの準備を進めることができますよう、お祈りお支えください。
皆さまの上にも、主の大きな恵みと祝福がありますように!
日本の皆さまには、暑さの中、ご健康が守られますようお祈りしています。
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